▼基調講演
不況期にオフショア推進する意義と企業内人材育成の戦略的考察
1.不況期にあえぐオフショア業界の最新動向
2.不況期ならではの企業内人材育成
3.対日オフショアで活躍する外国人プログラマ(23〜26歳)の垂直立ち上げ教育実践報告
私たちが企業経営者やソフトウェア部門の責任者と個別にお会いすると、経営環境の厳しさや顧客サービス向上の観点から、各社ともオフショア推進の課題に真剣に取り組んでいる姿がはっきりと映し出されます。トップが示す方向性に間違いはありません。ところが、ソフトウェア業界を牽引する企業幹部の多くは、自分が若い頃に国際化対応を経験しなかったために、オフショア推進の旗振り役として実力を発揮できないようです。
かつての日本企業において、多様性はビジネスの阻害要因でした。特に多重下請け構造を作る情報システム業界では、社内だけではなく、顧客との同質性も強く求められました。そうしないと、顧客が書いた穴だらけ仕様書の行間を読めないばかりか、周囲から「空気が読めない奴」だと批判されたからです。さらに、協調性に欠けると
日本企業のオンサイト業務で成果を出せません。日本の情報システム業界では、このような空気の中で活躍する人材が長く求められてきました。こんにち、あなたの会社で指揮をとる社長や幹部は、同質性が重視されるビジネス環境で成果を出し続けた成功者に他なりません。
近年、日本企業では、言葉や文化を共有する日本人の新人社員とですら意思疎通が図れない上司が増えています。これは、最近の日本企業は「新人社員」という多様性すら受け容れられないことを意味します。他にも「若手従業員をうまく育成できない」という悩みをよく耳にします。この悩みは、協調性があり、仕様書の行間を読み、顧客の痒いところに手が届く同質性に優れた日本的人材に育てられないという伝統的な日本企業が抱える深刻な経営課題を象徴します。職場環境が多様性を受容する仕組みになっていない限り、新人社員や外国人材をうまく育成できない悩みは今後も続きそうです。
もしあなたが、このような状況に思い当たるフシがあれば、次の事実を再認識してください。世の中には、多様性を企業活動に取り入れやすい組織とそうでない組織があります。前者は、役員会、商品企画、マーケティング、イベント運営などが代表例です。後者は、定型事務、建築作業、工場の製造ライン、そして請負ソフトウェア開発が代表例です。後者に代表される組織では、顧客や市場から絶えず求められる厳しい品質課題に応えるため、より高機能、よりきめ細やかな製品サービスの開発に全力を注ぎます。こうした絶え間ない品質向上のための企業努力を持続的イノベーションと呼びます。実は、従業員や制度・価値観の多様性は、日本企業のお家芸である持続的イノベーションの発揮を阻害します。すなわち、自動車産業や情報サービス業界、役所の窓口業務、企業の経理処理を担当する組織では、多様性よりも同質性を強調するほうが生産性向上に役立ちます。
グローバルソーシング時代の初期には、オフショア外注比率を高めようとする会社では、日本人技術者と会社との間で激しく価値観がぶつかります。高度成長期におけるアウトソーシングは、「全体のパイ」を大きくする創造の役割を担いました。ところが、成熟した社会や衰退産業におけるアウトソーシングは、「パイの拡大」ではなく限られた資源の再配分を促します。資源の再配分とは、リストラという名の人員整理、選択と集中という名の配置転換・職種転換・人材放出を促進します。マクロの観点では、アウトソーシングは、衰退分野から成長分野への労働人口を再配分する「人材ポートフォリオの最適化」を促進する大切な役割を担います。これは、一企業だけではなく、国家の成長戦略を描く上でも重要な発想です。
ところがミクロの視点に立つと、問題が浮き彫りになります。なぜなら、アウトソーシングによる組織改革は短期間のうちに結果が出ますが、一人の従業員が配置転換・職種転換するための訓練期間はなかなか短縮されません。特に、高コンテクストで職人文化を尊ぶ古き良き日本企業ほど、人材ポートフォリオの最適化は痛みを伴います。
本書は、マネジメントの立場から、いかにオフショア開発事業を拡大するか/いかにオフショア開発プロジェクトを成功に導くかという課題と、技術者個人の立場から、いかに多様化し複雑化するグローバルソーシング時代を生き抜くかという課題の両面をバランス良く配合しました。前者は、前作「オフショアプロジェクトマネジメント【SE編】」から続くテーマです。後者は、「学校の成績が良くても社会で通用するとは限らない」を合理的に説明するコンピテンシーの概念が中核をなします。
本書シリーズでは、オフショア開発プロフェッショナルに求められる特性を合計600ページにわたり解説しました。前作と本書は、2冊合わせてオフショア開発プロジェクトで活躍する日本人SEとプロジェクトマネージャに求められる知識と技法を最短距離で学習するために整理された実践的な教科書としてお使いになれます。
本書の内容は、業界標準的な知識体系として幅広く認知されることでしょう。今後は、グローバル技術者育成プログラムを生んだオフショア大學だけではなく、多くの有識者の手によってオフショアマネジメントの知識や技法は段階的に整備されます。いち早く本書を手に取ったあなたは、自分のオフショア経験則を組織に還元して、日本全体の底上げに貢献してください。今からでも十分に間に合います。ご健闘をお祈り申し上げます。
講演者:オフショア大學 学長
幸地 司(こうち つかさ) |
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アイコーチ株式会社 代表取締役
沖縄生まれ。九州大学大学院修了。1996年から株式会社リコーにて研究開発職に従事、2003年にオフショア開発アドバイザ会社を設立。業界に先駆け発表したグローバル技術者養成プログラムが評判を呼び、実践的でわかりやすいケーススタディが高い評価を得る。日本唯一の業界コミュニティ「オフショア開発フォーラム」を主宰。実践的でわかりやすい語り口が4,000名のメルマガ読者を魅了する。近年は、琉球大学非常勤講師や沖縄県情報産業振興アドバイザーとしても活躍する。
著書に「オフショアプロジェクトマネジメントPM編」(技術評論社)、
「オフショアプロジェクトマネジメントSE編」(技術評論社)、
「オフショア開発に失敗する方法」(ソフト・リサーチ・センター)など多数。 |
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